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次太夫堀とは

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次太夫堀は、天領である六郷領(今の大田区の平地部分)の灌漑のために徳川家康の命を受けた稲毛・川崎領(現:神奈川県川崎市)の代官、小泉次大夫により、慶長2年(1597)から15年の歳月をかけて開削された23Kmにおよぶ農業用水「六郷用水」の世田谷領内での呼び名です。

埋め立てられ道路になった部分もありますが、緑道公園として整備されたり、丸子川としてその流れを残しているところも多く、昔の面影を残している道筋です。

狛江の取水口跡から亀甲山を巡り六郷用水と名前を変えるまでの13Km、歴史をたどるジョギングコースをご紹介します。

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コメント

はじめまして
トラックバックいただきながら
連絡が遅くなりましてすいません。
次太夫堀・丸子川ときれいな小川を大切にしたいものですね。
リンクさせてもらっていいですか。

投稿: unane | 2007年9月 1日 (土) 11時38分

unaneさん、ようこそいらっしゃいました。
確かに歴史のある流れを大切にしたいですね。
まだまだ製作途中ですが、ぜひリンクお願いします。

投稿: 野川のカルガモおとーさん | 2007年9月 3日 (月) 22時23分

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