水神様~仙川合流

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六郷用水の小公園から用水跡が石畳の緑道になっています。その右手に永安寺が見えてきます。この寺の本尊は千手観音で恵心僧都の作と伝えられています。鎌倉大蔵谷にあった足利氏満が開いた永安寺にちなんで1490年(延徳2年)世田谷大蔵の地に建立されたそうです。樹齢数百年という境内の大銀杏が気持ちのよいの木陰を作ってくれていました。

永安寺の隣の崖上に氷川神社があります。江戸氏が埼玉県大宮市の氷川神社を勧請したものだそうです(氷川様についてはちょっとは詳しいですよ、何ってたって元大宮市民ですので(^-^;) この氷川神社で特筆するべきは、江戸時代のこの近辺の風景を描いた絵馬です。

現物は、世田谷の代官屋敷を保存した郷土資料館(世田谷線「上町」下車)に保管されており、その風景を再現した模型も展示されています。神社の案内板にも精巧な模写が紹介されており、豊かに流れる次太夫堀も描かれていて、じっと見ていると数百年前にタイムスリップしたようです。

Dscf0854 氷川神社を後にして次太夫堀跡を下流に進むと、氷川様が鎮座される尾根を巻くように小川が流れており、水神様Dscf0855を祀る小さな祠があります。明治時代の地図を見ると、この小川が仙川の本流で、この場所で次太夫堀に流れ込んでいました。このように、次太夫堀は野川や仙川などの流れを飲み込んで天領、六郷へと流れていたのです。

Dscf0856_1この先には直線に改修された仙川を 渡る橋があり、水神橋と命名されています。次太夫堀は、この水神橋から浄化された仙川の水をポンプアップして丸子川として流れが復活しています。流れる水の量は違うものの、川幅もほぼ昔の次太夫堀と同じとなり、二子玉川へと国分寺崖線直下を流れていきます。

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大蔵氷川神社

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東名高速をくぐる

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次太夫堀公園を進み、水道道路の下をくぐる地下道を抜けていくと、また野川に出ます。ちょっと下流に進むと、東名高速の高架が見えてきます。以前、この近くに世田谷区の区民農園があり、新婚当初の私たちカルガモ夫婦がジャガイモやトマト、カボチャなどを作っていましたが、今はしゃれたアパートになってしまいました。

Dscf0845 さて、上の写真をよーく見ると新興住宅の境界線がなんか不自然なのが気がつきませんでしょうか。野川が右にゆったりとカーブをきっていますが、その接線上に住宅の境界線がその先の尾根の先端に向かった延びていまDscf0847す。これこそが、昔の次太夫堀の川筋です。

尾根の先端には今でも溝が残っていて、名残をとどめています。柵があり、ちょっと中に入るのはためらわれますが、確かにこの尾根の先端を横切り、東名高速の下をくぐり堀は流れていました。

Dscf0848 かなりひどい藪で、そのまま進むことはできません。いったん多摩堤通りに出てから、東名高速の下をくぐり、少し行ったところのアパートの角を左に曲がります(人と自転車しか通れないくらい細い道です)。突き当たると次太夫堀跡です。

Dscf0849 東名高速の南側にも名残の溝は残っていますが、水もほとんど流れていない単なる溝です。しかし、その下流部分には小公園として次太夫堀の石碑や説明板が設置されています。説明板には昔の風景が紹介されています。確かに時代を感じさせる写真ですが、この一角は寺社も多いことからそんな昔の雰囲気を残している一帯でもあります。

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六郷用水小公園

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次太夫堀公園へ

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Dscf0822 瀧下橋は次太夫堀を渡る古道の橋です。ここから喜多見不動を経て成城の台地に続く道ですが、昔はさらに滝坂道につながっていました。今は植え込みのなかに親柱が残るのみです。このあたりは昔の野川の流路を利用して用水が掘られているDscf0834ようでくねくねと曲がっています。ほんの数百m行くと現在の野川にぶつか りますが、この地点で昔の入間川を呑みこんだあと、対岸に排水溝の穴が見えるのでもわかるように、現在の野川の対岸を緩やかに弧を描いて下っていたようです。しかし、その流れのあとは一部が道として分かる程度で現在は判別しません。

Dscf0836_2 野川にぶつかったら、野川のサイクリングロードを野川に沿って走りましょ う。バス通りの多摩堤通りを越えてしばらく行くと右手に次太夫堀公園の入Dscf0837_2 り口があります。この細長い公園こそ次太夫堀の跡に作られた公園です。 古民家が移設され、民家園となっています。今では懐かしい四季折々の伝統行事が行われ、古きDscf0838_1 良き世田谷の農村の風景を彷彿させてくれますが、園内には田んぼや畑もあり、ただ単に古い家を残すのではなく、農耕に根ざす文化そのものも残していこうという取り組みのようです。公園の管理棟にある資料室には昔の野川の流路や流域の様子が展示されています。ご覧になることをオススメします。

Dscf0841_1 小川の流れも再現されていますが、知らない人は次太夫堀はこんなちょろちょろとした小川のようなものだろうと錯覚してしまうでしょう。しかし、とんでもない。幅・深さともに4~5mもある大きな用水だったのです。これから向かう二子玉川あたりの丸子川の風情が最もよく昔の雰囲気を残しているのかもしれません。結構でかい掘割です。


次太夫堀公園

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